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Posted by: tsugumi
今日は、6月30日。一年を元旦から大晦日まで二つに分けると、今年も半分過ぎたことになりますね。
今日は、ご紹介の俳句は

 息災にありあれ茅の輪潜りつゝ 石塚友二

季語は「茅の輪」。神社などで、カヤで作った大きな輪があるのを見たことがありませんか。あれが茅の輪です。神道ではミソギ、ハラエというのがあるのですが、大晦日に行っているのを年越しのハラエ、6月のおしまいの日に行うのを名越のハラエと呼んでいます。半年間のケガレを落として、残りの半年が無事過ごせますように、と茅の輪をくぐるのです。作者は、これまでの半年を、息災にあり、つまり無事に過ごしてきたようです。そして、そのことへ感謝をしつつ、また次の半年も息災にあれ、と祈りを込めて輪をくぐりました。茅の輪は左回り、右回り、左回りと八の字を書くように三度回るそうです。ミソギというと大げさですが、半年に一度、ちょっと謙虚な気持ちになって輪をくぐることで、気分をリセットということなのかもしれません。
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Posted by: tsugumi
小田原城の花菖蒲、ご覧になりましたでしょうか。丸山さんという方の菖蒲園から受けついだものを、ボランティアさんのお力もいただきながら守り育てて、毎年美しい花を咲かせています。
今日はご紹介の俳句は

まつすぐに雨の糸見ゆ花菖蒲 森澄雄

雨の糸、子どもの頃、雨粒を見ようと思って、一生懸命目をこらしたことがありますが、どうしても糸のようにしか見えませんでした。まっすぐに天から降りてくる雨の糸が、花菖蒲を際立たせています。以前、ある俳句の吟行会に参加したときの話ですが、雨降りだったのを「普通だったらあいにくの雨、と言いますが、俳人にとっては雨もまたよし、ということで、絶好の俳句日和ですね」と講師の先生が挨拶されていましたが、こうした俳句を読むと雨の風情を、もっともっと楽しまないと、と思います。
小田原城の花菖蒲祭りも、今度の土日まで。ライトアップもされているそうなので、ぜひお出かけください。
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Posted by: tsugumi
梅雨半ばですが、皆さんいかがお過ごしですか?雨が続くと、何となく家に籠もりがちになりますよね。でも、この時期、最初からお寺に籠もっているという方もいらっしゃるのです。

竹の声松の声ある安居かな 勝野百合子

季語は安居。安んじて居る、という字を充てます。梵語で雨期、雨の多い時期を差す言葉ですが、仏教で僧侶が一定の期間外出をせずに、籠もって九十日間の修行をするというものです。安居に入ることを結夏(けつげ)、夏を結ぶ、といい、明けることを解夏(げげ)、夏を解くといいます。何年か前にさだまさしさん原作の小説「解夏」が映画化されましたから、記憶にある方もいらっしゃるかもしれませんね。
この俳句では、竹や松に囲まれた静かな安居の日々を詠んでいます。音ではなく、声としたところに、精神が研ぎ澄まされて、自然と一体になっている修行僧の存在を感じさせる一句です。
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Posted by: tsugumi
夏には夏らしい飲み物。麦茶とか、冷たいジュースとか・・・「アイスコーヒー始めました」などと書いた札も見かけるようになりましたが、今日はちょっと意外な飲み物の俳句をご紹介します。

甘酒啜る一時代をば過去となし 原子公平

え?この季節に甘酒?と思うでしょ? でも、甘酒というのは、実は夏の季語なのです。私も初詣で飲んだりすることが多くて、どちらかというと寒いときに体を温める飲み物という感じがするのですが、栄養価の高い甘酒は、夏バテ防止、暑気払いの飲み物として、夏場に飲まれていたようです。
この俳句では、甘酒を啜りながら、一つの時代が過去となったことをしみじみと感じています。恐らく、自らも忙しく立ち働くような、激動の日々だったのでしょう。渦中にあっては終わりがないと思われるような日々も、ふと気がつけば遠くに過ぎ去って過去になっていた、そんな感慨と「飲む」というより、「啜る」という言葉がしっくりきます。最近では、フリーズドライで手軽に作れる甘酒や、缶入りで気軽に飲める甘酒もあります。日本古来の健康飲料、夏も楽しんでみてはいかがでしょうか。
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Posted by: tsugumi
6月になると、あちこちで「蛍鑑賞の夕べ」などが開かれますよね。はかなく光る蛍には、昔から人の心を動かす何かがありますね。
今日、ご紹介の俳句は

ゆるやかに着てひとと会う蛍の夜 桂信子

ゆるやかに着て、という言葉が、とても光っている一句だと思います。これは、やはり和装なのでしょう。着物って、日頃着付けない人には、帯をぎゅうぎゅう締めて窮屈なもの、というイメージがありますが、昔の写真などを見ると、日常着として着物を着ているときには、そんなにきちっとした着方はしていなかったようです。気の置けない人、一緒にいてくつろげる人と蛍狩りに行こうとしているところでしょうか。蒸し暑い季節だし、夜だし、ゆるく着付けて出かけましょうと、女性ならではの視点で詠まれています。どこか、自分をきれいに見せようというナルシズムも感じられますので、相手は恋人なのかもしれません。蛍の舞う夜の、ひとときの高揚感と、切なさ。静かなドラマが感じられる俳句ですね。
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今年の夏至は6月21日でした。今は、一年中で一番、夜が短い時期です。今日は、こんな俳句をご紹介します。

短夜や空と分るる海の色 高井几董(きとう)

季語は「短夜」。短い夜、と書きます。夏至の頃は、日没が7時頃、日の出が4時半頃、逆に冬至の頃は、日没が4時40分頃で日の出が6時50分頃ですから、5時間も暗い夜の時間が短いという計算になります。短い夜は、明けやすい、ということで「明易」と言ったりもします。
この俳句では、短い夜が終わって、朝になろうとしているところ。暗闇の中で海とも空とも分からない景色を眺めていたのが、だんだん白んできて水平線が見えてきました。作者の高井几董さんは、江戸時代の俳人さんで、与謝蕪村の門下の方です。今よりももっと、夜が暗かった江戸時代、太陽とともに一日を始めようとする人の姿が見えてきます。
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一年中で一番日が長い時期ですね。今年の夏至は、6月21日だそうです。
そこで今日は、夏至の俳句をご紹介します。

夏至の夜の港に白き船数ふ 岡田日郎

夏至の夜の港に浮かぶ白い船、夏らしい海の風を感じる俳句ですね。一人でいるのではなく、誰かと一緒に指を差しながら数えているところかもしれません。なかなか暮れなかった日がようやく沈みましたが、まだどこかに明るい昼間の気分を引きずっているような高揚感があります。これが、冬至の夜だったらどうでしょうか?何か、寂しい思いつめた感じがすると思いませんか?
ところで、夏至の夜に行われる、100万人のキャンドルナイトという運動をご存知ですか。5年前から始まったもので、夏至の夜の8時から10時までの2時間、電気を消してろうそくを灯し、地球のことを考えたり、誰か大切な人のことを思ったりしながら、スローな夜を過ごそうよ、という呼びかけなんです。夏至の夜、そんな過ごし方も素敵ですね。
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6月19日は、桜桃忌。作家太宰治の誕生日であり、また玉川上水に身を投げた遺体が発見された日でもあります。今日ご紹介の俳句は

しらじらと酔後の舗道桜桃忌 轡田 進(くつわだすすむ)

酔後、というのは、お酒に酔った後、という意味の酔後です。太宰治といえば、その作品とともに、破滅的ともいえるすさまじい生き方が取りざたされますが、お酒を飲んで酔っ払ってしまった後、楽しい気分からすっと違う感情にとらわれることってありますよね。しらじら、というのは、夜通し飲んで、もう夜明けが近くなっているとも取れますが、私は作者の気持ちが、まわりの景色をしらじらとしたものに見せた、と受け取りました。そこに、お酒に溺れていた太宰治の心が、ふっと寄り添ったと感じられたのではないでしょうか。
太宰の代表作「斜陽」は、小田原の下曽我に住んでいた太田静子さんを太宰が訪れ、その日記を参考に創作されたもの。今日は一日、小田原ゆかりの作家を偲んでみてはいかがでしょうか。
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Posted by: tsugumi
昨日は、梅の実の俳句をご紹介しましたが、この季節、梅と違って遠目にもそれ、と分かるのは枇杷の実です。
今日ご紹介の俳句は

枝にあるをとめの足や枇杷をもぐ 橋本多佳子

枇杷というのは、昔からよく大きな家の庭に植えられたりしていて、お店で買う果物というより、木に生っているのをもいで食べるもの、という感じがします。この俳句では、乙女が果敢にも木に登って枇杷をもいでいるところです。枝にかかる足というのが、ちょっとドキッとさせますね。
作者の橋本多佳子さんは、明治32年生まれ。実業家夫人として九州の小倉で暮らしていた頃には、その住まいが文化サロンのようになっており、そこへ高浜虚子を迎えたことがきっかけとなって俳句を始め、才色兼備の誉れも高く俳壇に咲く大輪の花として活躍したということです。松本清張の「月光」もとの題を「花衣」という短編は、この多佳子さんをモデルにしたと言われています。
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小田原の特産と言えば、かまぼこと並んで梅干をあげる人が多いと思いますが、まちのあちこちで、青梅をみかける季節ですね。
今日、ご紹介の俳句は

葉がくれにありと思ほゆ実梅かな 高浜虚子

季語は、実梅、梅の実です。この俳句では、葉っぱのかげに「ありと思ほゆ」、つまり「あるんだろうな。」と言っているので、梅の実そのものをはっきり見ているのではありません。梅の実は、葉っぱと同じ色合いですから、遠目に見て、すぐ分かるというものではありません。梅の葉がぎっしりと茂って、枝全体がなんとなく重そうにしていて、ああ、さぞ梅の実も実っていることだろう、と思った作者です。見えているものから、見えていないものに想像をふくらます、そこに、この俳句の面白さがあります。梅は疲労回復効果の高いクエン酸をいっぱい含んでいて、健康食品としても見直されています。みなさんも、ぜひ、小田原名産の梅を楽しんでくださいね。
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Posted by: tsugumi
皆さん、いかがお過ごしですか。朝ごはんは、いっぱい召し上がりましたか。
今日は、ちょっと豪快な、ごはんの俳句をご紹介します。

大盛りであり麦飯でありにけり 山田弘子

季語は「麦飯」。麦は、初夏が収穫の季節。この季節は、麦の秋、麦秋ともいいます。年配の方には、白いお米が食べたかったのに麦飯だった、という思い出がある方もいらっしゃるかもしれませんが、最近では、美容と健康のために麦のごはん、という方もいるようです。また、麦飯、というと、とろろがかかった麦とろが浮かびますが、あれは秋の食べ物です。この俳句の麦飯は、とにかく何もかかっていない、大盛りごはん。たくさん働いて、おなかがペコペコになって、ぱくぱくと食べている人の姿が見えてきます。旺盛な食欲は、生命力の現れ。初夏の太陽の下、草や木がぐんぐん伸びていくように、人も大きく育っていく、そんな気がします。
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Posted by: tsugumi
梅雨のシーズン、ということで、昨日、一昨日と梅雨にちなむ俳句をご紹介しましたが、梅雨にはいろいろの名前があります。
今日、ご紹介の俳句は、そんな梅雨の、またの名前を使った俳句です。

さみだるる心電車をやりすごす 中村汀女

季語はさみだるる。五月雨、というのは、五月アメという字を書きますが、これは陰暦五月に降る雨で、梅雨のことを指します。もともと、五月雨のサは皐月のサ、ミダレというのは、水が垂れる、というところから来ているらしいのですが、ミダレルにかけて、和歌などでも「心が乱れる」という主題で詠まれているようです。この俳句の作者も、五月雨の中、何か心乱れることがあり、乗ろうとしていた電車をやり過ごしてしまいました。行こうか、行くまいか、決めかねている女性の心と、とめどなく降り続ける雨が一つになっています。
ドラマのワンシーンのような一句です。
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Posted by: tsugumi
6月は梅雨のシーズン。昨日は梅雨入りの俳句をご紹介しましたが、今日は梅雨のさなかの俳句をご紹介します。

坂一つ間違へ梅雨の狸穴に 山口青邨

坂一つ間違えたり、道一つ間違えたりして、思いがけないところへ出てしまったという経験は、皆さんもお持ちではないでしょうか。この俳句の作者は、狸穴に出てしまいました。狸穴は、麻布のロシア大使館わきの坂ですが、狸の穴、という字を充てるからには、その昔は狸が出てくるような場所だったのでしょうか。雨は、別に狸穴だけでなく、あたり一帯に降っているのですが、坂を間違えてしまった自分、梅雨の中、目的地を探している自分が、まるで狸のせいでそうなってしまったみたいで、おかしみを感じさせます。雨に濡れやれやれ、と思っている人間、穴倉でぬくぬくとしている狸、そんな想像をしてみるのも楽しいですね。
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Posted by: tsugumi
そろそろ梅雨のシーズンですね。何をするにも、お天気が気になったり、降らなければ降らないで、水不足や農作物の出来が気になったり。
今日は、梅雨入りの俳句をご紹介します。

ざわざわと海の荒れつゝ梅雨に入る 山口波津女

梅雨は、大体今頃から約一ヶ月の間、雨がちの天気が続くことで、ご存知のとおり梅の雨、と書きますが、これは梅の実の熟す頃だから、と言われています。
この俳句では、梅雨入りの海がざわざわと荒れている光景を詠んでいますが、鉛色の空の様子や、湿度の高い重たい風を感じさせます。作者の心にも、何かざわざわと波立つことがあったのかもしれません。
ところで私は、よく雨が降ると、寂しい気分のときには「雨がふります 雨が降る」、楽しい気分のときには「雨雨ふれふれ かあさんが」という曲を思い出していたのですが、これは、二曲とも小田原に暮らしていた北原白秋の作詞。雨の情緒が、子どもの心にもしみじみ感じられる、いい歌ですね。
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Posted by: tsugumi
6月10日は時の記念日。1920年、大正9年に制定されました。
今日、ご紹介の俳句は

パン食ふや時の記念日凡(おお)に過ぐ 清水基吉

時の記念日に、パンなんか食べてぼんやりと過ごしている自分を、ちょっとおかしみを持って読んだ俳句です。
時の記念日というのは、時計でおなじみのセイコーのサイトによると、「当時の日本人に欧米人なみに時間を尊重する意識を持ってもらう事を目的とし、生活改善同盟会が選定。時間の大切さをかみしめる日と意義づけられた」ということです。そして、なぜこの日かというと、天智天皇が、この日に水時計を設置したということが、「日本書紀」に書かれているからなんだそうです。
時は金なり、と言われますし、時間を守るというのは基本的なルールですが、あまり時間に追われて暮らすのも窮屈です。ほどよく、たまにはのんびりと過ごしたいですね。
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Posted by: tsugumi
6月9日は、ドナルドダックの誕生日なんだそうです。同じディズニーのキャラクターでも、どちらかと言えばミッキーマウスのお人よしに対して、ドナルドダックといえば、ガァガァとした声やちょっとひねくれた口元に魅力がありますよね。今日は家鴨ならぬ鴨の俳句をご紹介します。

通し鴨ゆらりと首の力抜く 北村仁子

季語は「通し鴨」。鴨という鳥は冬に渡ってくることが多いので、単に「鴨」というと冬の季語になるんですが、「通し鴨」というのは、暖かくなっても北へ渡らず残っている鴨、一年中通している鴨ということで、夏の季語になっています。はるか北国へと飛び立つ鴨に比べると、夏になって池にぷかぷか浮いている鴨は、ちょっとのんびりした感じに見えたのでしょう。もちろん、水の下では一生懸命水掻きをしているのですが、そんな気配も感じさせず、ゆら~りと首を動かしています。頑張ろうとすると、どうしても首にも肩にも力が入りがちになります。そんなときは、力を抜いて、首を回りたりするのもいいそうです。皆さんも、鴨の姿を思い出して、たまには首の力を抜いてくださいね。
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Posted by: tsugumi
今週は、衣更えにちなんで、夏の装いの俳句をご紹介しています。夏になると、着るものばかりでなく、足元も涼やかになってきますよね。
今日、ご紹介の俳句は

白靴の爪先海へ向けて脱ぐ 猿橋統流子

季語は白靴です。着るものも白っぽいものが増えてくるので、それに合わせて夏には白い靴が好まれます。この俳句では、作者はその白靴を海辺で脱ぎました。
爪先を海に向けて、ということは海に向かってきて、そのまま靴を脱いで海に向かって行ったのでしょう。青い空と海風、裸足で、波打ち際で、波と戯れている人の姿が見えるようです。全てを語らずに、シーンのはじっこに置かれた小さなもので、より広い情景を想像させる、そこに俳句の力を感じます。
白靴、歩くだけで心が軽くなるような、夏の靴ですね。
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Posted by: tsugumi
6月は衣更えの季節、ということで、今週は夏の装いにちなむ俳句をご紹介していますが、昨日の「単衣」に続き、今日も夏の着物に関する俳句をご紹介します。

一重帯白きを好みひくく締む 柴田白葉女

季語は一重帯。涼しげな布地で仕立てたり、夏らしい柄を用いたりした、この季節に合わせた帯全般を夏帯と呼びますが、帯芯を入れず一重に仕立てたり、最初から帯の幅で織ったりした単の帯も、夏の着物に合わせます。
この俳句の作者は、一重帯は白いのが好きで、それをおなかのところで低めに締めるの、と自分の着物の好みをそのまま俳句にしています。帯は、胸高に締めると清楚な感じ、低めに締めると粋で落ち着いた感じになります。白葉女さんは、明治39年のお生まれ。いかにも、着物を着慣れた明治女らしい俳句だな、と思いました。
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Posted by: tsugumi
6月は衣更えの季節、ということで、今週は夏の装いにちなむ俳句をご紹介しています。今日の俳句は、着物の衣更えの俳句です。

肩より裾へ単衣の縞の走るよし 高浜年尾

季語は、単衣。単純とか、簡単の単の衣という字を充てて、つまり一枚の布の着物という意味です。春までは袷という裏地のついた着物を着ていますが、夏になるとそれでは暑いので、裏のついていない着物になります。背広でも「背抜き」など裏地がついていないものがありますが、きちんと崩さない格好でも、少しでも涼しくなりたいのが人情ですね。
この俳句は単衣の着物の縞模様が、肩から裾へ走っているのがいいね、と素直な感想を詠んでいて、すっきりとした清々しい着物姿が浮かんできます。最近、若い女性がアンティーク着物を自分流に着こなしているのを見かけることもありますが、古い着物って意外と大胆で斬新なデザインが多いですよね。たまには、着物のおしゃれ、楽しんでみてはいかがでしょうか。
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Posted by: tsugumi
衣更えでクールビズの始まった今週、皆さん、今日はどういうスタイルでおでかけでしょうか。
今日、ご紹介の俳句は

通る電車白シャツぎつしり充ちて過ぐ 山口誓子

季語は、白シャツ。白いシャツは一年中ありますが、ここでいう白シャツは、半そでのシャツのことで、他にも開襟とかアロハシャツとか、そうしたいわゆる夏シャツ全般が俳句によく詠まれています。私たちの俳句のグループでは、Tシャツ、というのも夏の季語にしているんですよ。
この俳句は、電車の外から満員電車の中を垣間見る、ちょっと変わった視点で詠まれていますが、通り過ぎた一瞬に乗っていた勤め人、学生たちが、みな白いシャツだった、というところに、季節が変わったことの実感があります。
電車の中も街の中も、白シャツが増えて明るさが増していくような、そんな気がしますね。
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Posted by: tsugumi
6月になりました。6月といえば更衣ですね。最近は、クールビズも定着してきましたので、今日からノーネクタイに半袖シャツという方も多いのではないでしょうか。
今日、ご紹介の俳句は

衣更へて肘のさびしき二三日 福永耕二

季語は「衣更へて(きぬかえて)」キヌという字は、衣という字で、衣更えのことを詠んでいます。この俳句の作者、今までは長袖の服を着ていましたが、衣更えで半袖シャツに変わりました。すると、これまで覆われていた肘がむき出しになり、それがしばらくの間は馴染まず、心細いような気がするというのです。衣更えというと、見た目の清々しさを詠まれることが多いのですが、肌で感じたことが、すっと俳句になっていて、これも一つの発見だなぁと感じ入りました。
衣更え、皆さんも、夏のおしゃれを、ぜひ楽しんでくださいね。