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Posted by: tsugumi
明後日、6月1日と言えば、そう、釣り好きの皆さんが待ちに待った鮎解禁日です。
酒匂川、早川に釣り人が並んで糸を垂れている様子は、小田原の初夏の風物詩といえるでしょう。
今日、ご紹介の俳句は

ふるさとはよし夕月と鮎の香と 桂信子

鮎は香魚、香りの魚とも書くくらい、香りが良い魚です。作者は、久しぶりでふるさとに帰ったのでしょう。夕暮れにそぞろ歩きをしていたのでしょうか。月を眺め、ふるさとの川の鮎の香りを感じると、ふるさとっていいなぁ、という感慨が、しみじみと心に広がってきました。同じ月でも、ふるさとの景色の中においてこそ、ぴったりと合って見えたのですね。
かつて、小田原に暮らしていた村井弦斎は『食道楽』という作品の中で、アユの味が川・漁法・料理法によって違い、特に酒匂川のアユは味が優れている・・・などと書いています。食通のお墨付きがなくても、やはり、ふるさとの川と思えば、美味しさもひとしおに感じられそうですね。
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Posted by: tsugumi
小田原に住んだ北原白秋の初めての歌集は、そのタイトルを「桐の花」と付けられました。今日は、その桐の花の俳句をご紹介します。

はろかなるものに昨日と桐の花 岡本眸

桐の花というのは、高いところに咲くので、普段、近くに見ることは少ないのではないでしょうか。薄紫色の小さな花を幾つもつけた房が幾重にも重なる花です。
桐は生長が早いので、昔は女の子が生まれると桐を植えて、嫁入りのときにそれでたんすを作ったとも聞きました。ですから、これは高いところに咲き、なかなか近くに見ることのない花、というだけでなく、苗を植えてからの日々を思い、決して戻ることのない昨日という日の遠さというものをも詠んでいるのです。北原白秋には、「桐の花」を上梓する前に、人妻との恋愛で訴えられるという辛い事件があり、これはのちに「桐の花事件」と呼ばれるようになりました。桐の花の淡い紫色に、切なさが沸いてくるような俳句です。
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Posted by: tsugumi
先日、小田原フラワーガーデンに行ってきましたが、薔薇が見ごろを迎えていました。今日は、薔薇の俳句をご紹介しますね。

薔薇よりも濡れつつ薔薇を剪りにけり 原田青児

薔薇は、四季それぞれにありますが、一番多く咲くのは今の季節であることから、夏の季語となっています。作者の原田青児さんは、伊豆高原のご自宅に、その名も「ローズ・メイ五月の薔薇」というバラ園を作っていらっしゃいます。とにかく薔薇が好きで好きで、朝の5時から昼どきまで、薔薇の世話にかかりきりだとおっしゃっていました。この俳句は、雨上がりの薔薇でしょうか。ビロードのような薔薇に、水滴ははじかれているのでしょう。薔薇を切ろうとする自分の手も肩も、薔薇の雫で、すっかり濡れてしまいました。そこに薔薇と一つになっている喜びと、美しい薔薇を切ることへの心の動きがあるのです。薔薇の香り、棘に触れる傷みまで感じられる俳句です。
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四季折々の楽しみは、目で見る世界の変化だけでなく、その季節らしい味覚にも感じられますよね。
今日、ご紹介の俳句は

かをりにもまづ目をつむり豆の飯 森澄雄

季語は、豆の飯、グリンピースごはんです。白いご飯の中に見え隠れする緑色と、ほのかな塩味をつけた味わいが何ともいえません。グリンピースには、食物繊維や疲労回復効果のあるアミノ酸も含まれていて、健康にもいいそうです。この俳句の作者は、まず、目を閉じて、その香りから味覚を楽しもうとしています。香りをいっぱい吸い込もうとしたら、自然に目をつむってしまったのでしょう。食べ物の味というのは、色と香りがあって、何倍にも引き立てられます。風邪を引いたりして鼻の調子がおかしいときに、何を食べても味が感じられない、なんていう経験もあるのではないでしょうか。季節ならではの味覚、ぜひ皆さんも楽しんでください。
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足柄平野の田んぼは、どこも田植えが終わったでしょうか。お米づくりはこれからが本番。でも、麦作りは、そろそろ収穫の時期を迎えています。
今日、ご紹介の俳句は

麦秋や書架にあまりし文庫本 安住敦

季語は麦秋、麦の秋、と書きます。俳句には、こうしたちょっと面白い言い方があって、秋を収穫の季節として捉えて、麦の収穫をするこの時期を麦の秋と呼んでいるのです。他にも、筍に栄養を取られるために、竹の葉が黄ばんで枯れたように見える春を「竹の秋」と言ったりもします。書架、というのは本棚のこと。この俳句では、麦秋や、という言葉と、本棚にあふれている文庫本の間に、直接の関係性はありません。夏の次にやってくる秋は読書の季節と言われていますが、この夏の初めの麦秋の季節には、本棚にきちんと並ぶ何とか全集のような本より、雑然と本棚をはみ出した文庫本の方が似合うような気がします。家の中の風景と、外に広がる麦畑の取り合わせが、一つの世界を作り上げている一句です。
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Posted by: tsugumi
五月というのは、本当にいい季節ですね。新緑も美しく、暑くも寒くもなく、自然の美しさを一番感じる季節かもしれません。
今日、ご紹介の俳句は

鳩踏む地かたくすこやか聖五月 平畑静塔

聖五月、というのは、聖なる五月、という字を書きます。五月というのは、カトリックでは聖母マリアの月と呼ばれているそうですが、そんな宗教的な意味を知らなくても、五月の清々しさ、美しさは聖なる月、と呼ぶのに相応しいかもしれません。この俳句では、鳩が踏んでいる地面が、しっかりとすこやかで、神の祝福を受けている五月という月らしい光景だ、と詠んでいます。鳩は平和の象徴とも言われています。何でもない光景でありながら、生きとし生ける全てのものに、力が満ちているような、そんな俳句だと思いませんか。
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五月も半ばを過ぎると、じわっと汗ばむ日も多くなってきましたね。まだ、ハンカチが手放せない、というほどではありませんが、今日、ご紹介の俳句は

あぶらとり一枚もらふ薄暑かな 日野草城

季語は薄暑、ハクショというのは、薄い暑さ、と書きます。寒がりの人にとっては、まだ暑いというには遠い季節ですが、逆に暑がりの人は、早々と半そで姿になり、ちょっと動いては「暑い、暑い」というような、そんな五月の暑さです。あぶらとり、というのは、女性ならすぐにぴんときますね。顔に浮き出た皮脂を押さえる油とり紙のことです。最近では、男性用もあるということですが、作者の日野草城さんは、今から百年以上前に生まれた男性ですから、普段からよく使っていた、というのはあまり想像できません。京都の有名な老舗「よーじや」さんのサイトによると、油とり紙ができたのは大正の頃、京都という土地柄、舞台や映画関係者、花街の女性を通じて全国に広がったということなので、この作者が一枚分けてもらったのは、珍しい面白いできごとだったのかもしれません。真夏の炎暑、燃えるような暑さだったら冷やしたおしぼりが差し出されるでしょうが、薄暑という季節、一枚のあぶらとり紙に、細やかな心遣いを見せる女性の姿が見えてきます。
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新茶の季節になりましたね。私も毎年、お茶を作っていらっしゃる方から分けていただくのですが、あの香りと味わい、まさに至福のひととき、と思います。
今日、ご紹介の俳句は

新茶汲むや終りの雫汲みわけて 杉田久女

季語は、新茶、初夏らしい喜びを感じる季語です。
FMおだわらでは、金曜日の夕方、トワイライト・カフェを担当しているマーシャさんが日本茶インストラクターの資格をお持ちということで、おいしいお茶の入れ方を教えてくれたりしていますが、この俳句の作者も、新茶を丁寧に入れているところです。幾つかの湯飲みが、均等な色、均等な味わいになるように、少しずつ急須を回しながらお茶を注ぎ分けます。最後の雫には、とりわけ新茶のおいしさが凝縮されているように感じられ、その一滴一滴までも汲み分けようとしているのです。お茶を入れるという日常の何気ない光景でありながら、そこに視点が集中して、時間の流れが一瞬とまっているような、他の音が全て聴こえなくなるような中、新茶の香りだけが際立つ静かな世界観が広がっています。
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田んぼに水が張られるこの時期、田園の静けさを打ち破るのは、そう蛙の大合唱ですね。きょろっとした目玉もピョンと飛ぶ動きも、ちょっとユーモラスで可愛いと思えなくもありません。今日、ご紹介の俳句は

青蛙おのれもペンキぬりたてか 芥川龍之介

季語は、蛙。青蛙の青は、ブルーではなくてグリーン、緑色、ありふれたアマガエルのことでしょう。蛙の鮮やかな緑が、ぬらぬらと光って、ペンキで塗ったばかりのようだ、と捉えた龍之介です。それを蛙に問いかけるように、大げさに驚いて見せるところに、この俳句のユーモアがあります。最近のペンキはすぐ乾くのでしょうか、「ペンキ塗りたて」なんて注意札が下がっているというのも、あまり見かけなくなった気がしますが、もしかしたら、龍之介は、小さな蛙に「この俺に触るなよ」という尊大さをも見出したのかもしれません。芥川龍之介は、古典に題材を取った短編などで、日本を代表する作家としてその名前を残していますが、小説で取り上げたり絵を描いたり、「河童」が心にかかる存在であったことが知られています。水に住む緑色の生き物として、河童に通じる蛙を、特別な目で眺めていたのかもしれませんね。
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そろそろ、ここ足柄平野でも、田植えの時期ですね。水を張った田んぼに、まだ小さい苗が風にそよいでいる、そんな景色も見られるようになってきました。
今日、ご紹介の俳句は

早乙女や泥手にはさむ額髪 村上鬼城

季語は早乙女、田植えをする若い女性の姿です。このあたりで、実際に見たことはないのですが、早乙女というと、紺の着物を赤い襷でたくしあげ、菅笠を被って一列に植えていく、そんな光景がすぐに思い浮かびます。早乙女が田植えを行うというのは、田んぼの神様をもてなして、豊作を祈るという大切な行事です。辛い労働である米作りのスタートを、せめて目出度いハレの日として祝おうという、働く人たちの知恵だったのかもしれません。この俳句では、額にかかる汗に張り付いた髪を、泥のついた手のままで払おうとする、若い女性らしいしぐさに、健康的な美しさが感じられます。
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ゴールデンウィーク明けの今週、皆様、いかがお過ごしですか。新緑を渡る風が気持ちいい季節になりましたね。
今日、ご紹介の俳句は

改札で友待つ肩に風薫る 高見恭子

季語は「風薫る」。カオルという字は、薫風のクンという字を書きます。
新緑の色だけではなく、風にのってくる匂いまでも感じようという、昔からの季節の楽しみ方で、すがすがしさがいっぱいの言葉ですね。
改札口で友達と待ち合わせをしているときに、ふと肩のあたりに風を感じました。友達とは、これから屋外を一緒に歩こうというのでしょうか。お天気の良さや、親しい友達との関係も想像されます。待つのは嫌い、という人もいるかもしれませんが、こんなひと時だったら、待つのもまた楽しい時間ですね。
作者は、女優の高見恭子さん、お父様の高見順さんゆずりの文才で、エッセイストとしても有名です。
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皆さん、いかがお過ごしですか。そろそろ、連休の疲れが出てくる頃では?
今日は、私、朝霧つぐみの作った俳句をご紹介します。

長い長いエスカレーター五月病

この俳句の季語は五月病。まだ歳時記には載っていない季語なんですが、私が所属していた結社では、新季語、新しい季語として認定されていたんです。4月に、夢と希望にもえて入学、就職したフレッシュマンが、連休で一息ついたあとにかかりやすいと言われている五月病。これは、東京駅の長いエスカレーターに乗っているときに、すれ違った若いサラリーマンらしき人の疲れた顔を見て浮かんだ俳句です。五月病の原因はさまざまだと思いますが、最初から何でもうまくやろうとしないで、よ~く周りを見渡して、バランスのいい食事をゆっくり食べて、友達や家族、自分の信頼できる人に、ちょっと甘えて泣き言を言ってみたりして、上手に乗り切ってくださいね。
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Posted by: tsugumi
昨日は、小田原に住んでいた北原白秋さんの俳句をご紹介しました。白秋さんが住んでいたのは、小笠原諸島の民家を真似た造りの、茅葺、藁壁の家。正面から見たところが、ミミズクに似ていると、「木菟の家」と名づけられました。ミミズクという字は、木の兎、兎のような耳をしているから、ということですが、それに青葉をつけると「アオバズク」という鳥になります。

青葉木菟こゝろに釘を打つときぞ 山田みづえ

アオバズクは、小さいふくろうに似た鳥で、その名のとおり、青葉の頃に見られます。その鳴き声を自らの心に響かせている作者です。心に釘を打つときぞ、とうのは、どういう状況なのでしょうか。何か、決意のような、心に思うところがあったに違いありません。現実を見据えて、心を奮い立たせているような、そんなまっすぐな女性の姿が浮かんできます。
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5月13日、かつて小田原に暮らしていた北原白秋は、大正13年5月13日に、水之尾の道を歩いていて、代表作「からたちの花」を作ったと言われています。
今日は、その北原白秋の俳句をご紹介します。

初夏の星座だ蜜柑の花がにほつて 北原白秋

白秋さんは、詩人、歌人として有名なんですが、小田原に住んでいたときには、俳句もたくさん残しています。というか、白秋さんの俳句は、ほとんど小田原に住んでいた頃に創作されているそうです。俳句は、季節へのあいさつ、と言われていますので、自然に恵まれ、四季の移り変わりを身近に感じる小田原ならではのものなのかもしれませんね。
この俳句は、星空を見上げながら蜜柑の花の香りを感じています。東京に引っ越してしまったあとの白秋さんの文章に、「まったく小田原の天神山は、あらゆる星座の下に恵まれてゐた。」という言葉が残っていますが、星空の下で蜜柑の花の香りを楽しんでいる白秋さんの姿が見えるようですね。
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五月の第二日曜日は母の日ですね。皆さんもお母様にプレゼントをされましたか。またお子さんから、カーネーションをいただいた、という方もいらっしゃるでしょうね。アメリカの女性が、亡くなったお母さんのために、教会で記念式典を開いて白いカーネーションを贈ったのがそのはじまり、とも言われています。
今日、ご紹介の俳句は

母の日や母に大きな知恵袋 飯田愛

お母さんの知恵袋には、本当にいろんなことが詰まっています。おいしいご飯の作り方、冠婚葬祭のしきたり、ご近所とうまくやっていくコツ。何か困ったときに「どうすればいい?」と尋ねると、いつでも必要な答えが返ってくる、素敵なお母さんの知恵袋です。お袋さん、って言葉がぴったりする、包容力あふれるお母さんです。知恵袋、って言葉には、自分のしてきた苦労を、少しでも軽くしてあげたいという、昔からの人の優しさが、いっぱいつまっているような温かみも感じられます。
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Posted by: tsugumi
今日は金曜日、週末は、どちらかへ出かけよう、という方もいらっしゃると思いますが、私のおススメは石垣山一夜城歴史公園。ちょうどこの時期は、シャガの花が盛りを迎えています。

掌にかこむ燐寸が濡れし著莪照らす 加藤楸邨

シャガの花って、お分かりになりますか。アヤメ科の白い花で、オレンジ色と青紫色の模様があります。明るい野原というより、林などの日陰に群生していることが多く、少し淋しげな風情を感じさせる花です。雨の中、マッチの弱々しい火の、そのかすかな明るさで、シャガの花が照らされました。湿った空気や静けさの中で、シャガの清楚な美しさが浮かび上がってきます。マッチの火が消えないように、そっと手で囲む人の、切なさも感じられます。もしかしたら、お墓参りの光景なのかもしれません。作者の加藤楸邨さんは、景色の中に、人の心の内面を詠みこもうとした俳人さんで、人間探求派と呼ばれています。
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ゴールデンウィーク明けの今週、皆様、いかがお過ごしですか。まだ、休みの感覚が抜けないとか、或いは少しずらして今がお休みという方もいらっしゃるかもしれませんね。さて、立夏を過ぎ、これから本格的な夏へ向かおうという今日この頃ですが、今日、ご紹介の俳句は

窓の景人夏めきて歩くかな 星野立子

季語は「夏めく」。暦の上では夏ですが、まだまだ春の名残も感じられるこの季節にぴったりの季語ですね。喫茶店の窓でしょうか。何気なく歩く人を見ている作者です。冬の間は、重ね着に着膨れて、何となく縮こまりった感じに背中を丸めながらて歩いていた人たちが、軽装になって、伸びやかに歩いている様子が、夏らしいと捉えた作者です。作者がいる室内は、静かで落ち着いた時間が流れているようで、明るい窓の外の生き生きとした景色との対比も感じられます。
作者の星野立子さんは、高浜虚子の次女で、生涯のほとんどを鎌倉で過ごした神奈川県ゆかりの俳人さんです。
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今年の立夏は、5月5日だったということで、暦の上ではもう夏。光もだんだん強さを増してきたような気がします。
今日、ご紹介の俳句は

小鳥売場より見る屋上に夏くるを 能村登四郎

これは、デパートの屋上の光景ですね。最近では、デパートの屋上は駐車場、というケースが多いのかもしれませんが、かつては、ペット売り場があって、コインで動くような遊具があって、子ども向けのヒーローショーや、ちょっとした歌謡ショーも開かれて、という広場として使われていたことがよくありました。この小鳥売り場は、そんな屋上の一角でしょう。色鮮やかな小鳥たちがさえずり、空は青く、見下ろせば街のいたるところに新緑が見えます。親子連れも軽やかな装いになって遊んでいます。そうしたさまざまの光景に、夏がきたことを、まぶしさとともに感じている作者です。あなたは、どんな風景に夏の訪れを感じますか。
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昨日の端午の節句の夜は、菖蒲湯に入ったという方も多いのではないでしょうか。
今日ご紹介の俳句は

沸きし湯に切先青き菖蒲かな 中村汀女

熱いお風呂に菖蒲の切っ先の青さが目にしみてくるようで、何か菖蒲の香りまで感じられる気がしませんか。
端午の節句といえば、菖蒲が付き物ですが、端午の節句はもともと中国からきた行事で、菖蒲は邪気を払うと考えられていたそうです。菖蒲という名前が、勝ち負けの勝負と同じで、とがった葉が刀を連想させることから、強くたくましくなれという願いを込めた、男の子の節句へとなっていったとか。菖蒲湯に使っている菖蒲を頭に巻くと、頭がよくなるとも聞いたことがあります。
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Posted by: tsugumi
ゴールデンウィーク、皆さん、いかがお過ごしですか。5月5日はこどもの日。
今日は朝からお出かけ、今は車の中でラジオを聴いているという方もいらっしゃるでしょう。

書斎より出でて子供の日を遊ぶ 宮下翠舟

この作者も、いつもは書斎に閉じこもりがちなのでしょう。お子さんにせがまれたのかもしれません。この日ばかりは、書斎を出て遊ぶことにしました。こどもの日を遊ぶ、という言い方に、今日一日を、まるごと使って、心ゆくまで遊ぼうという大らかさが見えてきます。子どもがいても居なくても、ときには、子どものように「遊ぶ」という気分になることが大切なのかもしれません。宮下翠舟は、大正~昭和にかけて活躍した俳人さんで、鎌倉の源氏山の葛原岡(くずはらがおか)神社に、句碑があるそうです。
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5月3日は憲法記念日ですね。小田原最大のイベント、北條五代祭りも開かれるということで、お天気が気になります。今日、ご紹介の俳句は

憲法記念日天気あやしくなりにけり 大庭雄三

日本の最高法規である憲法は、太平洋戦争終結の翌年、1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行されました。主権在民、基本的人権の尊重、平和主義を柱とする、なんて社会科で習いましたよね。また、草案を作るメンバーに、ベアテ・シロタ・ゴードンさんという若い女性がいて、当時、日本の女性の地位が低いことを理不尽に思い、特に男女平等の概念を入れたことも知られています。
毎年、憲法記念日になると、各地で憲法の集いも開かれます。最近では、護憲派と改正派の論議も活発になってきて、それこそ、雲行きがあやしくなってきました。
さて、明日のお天気はどうでしょう。
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Posted by: tsugumi
5月1日はメーデーです。May Day 英語を直訳すると、五月の日ですが、カタカナでメーデーと書いて、労働者運動の大会などが開かれる日、といった方が分かりやすいですね。今日ご紹介の俳句は

ガスタンクが夜の目標メーデー来る 金子兜太

作者の金子兜太さんは、戦局の厳しいトラック島で、大勢の戦友の死を見てきた方。戦後は、自分を捨てて人のために生きる、という気持ちで、日銀の従業員組合の初代事務局長も務められたそうです。
最近のメーデーは、社員の家族も一緒にレクリエーションを兼ねて行われることもあるそうですが、これは、昭和の中ごろ、メーデーのデモ行進を詠んだものです。
遠くに見える大きなガスタンクを目標に、デモ隊が旗を掲げて歩いていきます。
闇の中にそびえ立つ無骨なガスタンクは、自分たちの闘争の相手のようでもあり、また、守り神のようにも感じられたことでしょう。戦後の復興を果たし、高度成長期へと向かっていく時代のヒトコマを捕らえた俳句です。