品のある輝きを放つ鮮やかな朱色、どこまでも深い黒。立体的でダイナミックな彫刻。
 これらの鎌倉彫の作品は私の祖父によるものです。

[写真1 花のお盆1]


[写真2 花のお盆2]


 図案のデザインから彫刻、漆塗りにいたるまでの行程をすべて祖父が行いました。
 といっても、私の祖父は鎌倉彫の職人ではありません。
 祖父はなんと70歳を過ぎてから鎌倉彫の教室に通い、趣味として約5年間作品を作りました。
 その上達ぶりは周囲も先生も驚くほどでした。模様を彫刻した木に黒漆を塗り、その上に色漆を塗り重ねて磨き仕上げるという漆塗りの作業は難しく、教室では専門家に依頼する事が普通でしたが、祖父は昔から趣味の鮎釣りにおける釣り竿作りで漆の扱いができたため、自分の鎌倉彫作品に漆塗りをすることができたのです。最後まで自分の手で仕上げるこだわりを感じます。

 祖父の家に行くと、いつも大きなメガネをかけて、木地の彫刻に没頭していました。小学生だった私は、その様子を隣でじっと見つめていました。木の香り、木を掘る音、浮き出す模様。不思議な集中力が生まれ、心が癒される感覚です。

 祖父は5年ほどの間に、家族のために様々な作品をプレゼントしてくれました。
 自営のお茶屋で使う漆器、祖母と母に鎌倉彫の手鏡、私にも小さな手鏡を作ってくれました。当時私が描いた百合の花を、そのまま鎌倉彫にしてくれたのです。

[写真3 花と小鳥の菓子入れ]


[写真4 母の手鏡]


 祖父は、やりたかった事を成し遂げ、最後の作品として作ったのが「鳳凰の硯箱」です。
 幼い頃に戦争を体験し、学校で勉強ができなかった祖母が、60歳を過ぎて書道教室に通い、巧みに書するようになった事を喜び、祖父が祖母のために作り上げた渾身の作品です。伝説の鳥、鳳凰が彫り込まれた黒い漆の表面に金箔が散りばめられています。

[写真5 鳳凰の硯箱]


[写真6 鳳凰の硯箱]


[写真7 鳳凰の硯箱]


 完成から10年近く経つのでしょうか、いまでも祖父は誇らしげに硯箱を磨いています。硯箱は輝きを増すばかりです。
 祖父の鎌倉彫を通じて、木のぬくもりを感じ「誰かのために作る」この楽しさと幸せを学びました。