「組木」の原形は江戸時代、寺子屋で教材としても使われた、遊具「知恵木」だと言われている。釘や接着剤をいっさい使わずに組み上げて行くこの立体パズルは、明治25年頃、小田原の山中常太郎さんが創始した。山中成夫さんは、その常太郎さんから数えて四代目。幼いころから父の仕事を見て育ち、技術がついてくると自分のものが作りたくなったという生まれついての職人気質だ。父が動物をテーマにした作品を作り続ける一方、山中さんがこだわってきたのは抽象作品。パズルであって、それがなおかつ美しい造形を描いているような作品を作りたい。難しい作品の構想をずっと考えていて、眠ってから夢でヒントを得て飛び起きたこともあったという。そんな組木の第一人者と言われる山中さんの技は息子の忠明さんにしっかりと受け継がれている。

組木細工は、四角い木片を止め金具を使わずに組立てたり、解体することの出来る玩具で、いわば立体パズルです。江戸時代の中頃『知恵木』や『知恵坂』と呼ばれる遊具が使われていたことが文献にもあり、これが組木細工の原点ともいわれています。

また古来日本の社寺建築は、釘を一切使わない木組みの構造が特徴で、これをヒントにしたともいわれています。小田原地方の特徴のある伝統技術で、明治20年頃指物技術をマスターした小田原の人、山中常太郎によって創始され、多くの研さんを積みながらこの技法が完成しました。その後すぐれた後継者の手によって現在のような高度のデザインと、巧みな技術を駆使した多くの組木細工が作られており、工芸技術の分野としても評価されています。

組木細工は、部分的にカットされた木片など互いに組合わされて形が構成される物で、色々な形があります。江戸、明治の頃は意外にも抽象的な形態が多く、明治、大正の頃は身近にあった三輪車、金魚、折り鶴などがあり、大正、昭和になると五重塔、ピサの斜塔、さらに水泳競技の飛び込み、ボクシング、槍投げ、三段跳びの組木まで造られるようになりました。作者によっては、万国の民に愛されるのは動物との信念からあらゆる動物を考案しました。

今日ヨーロッパに負けない作品作りをモットーにデザイン、パズルの原点に帰り抽象的な作品作りに励んでいます。解体するには鍵となる一カ所の押し、引き、回しながら順次解体していきます。組木は加飾技法を一切使わず鉋一丁で仕上げ、パズル並びに造形を生み出さなくてはならず、技術的にも高度であり、最も少ない業種です。