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03/03: 木のアトリエ’モック’・山口健二
平成11年夏、国道一号線沿い御幸の浜交差点近くにオープンした「おだわら木のアトリエ“モック”」。コモン初代理事長であり、小田原市内で材木店を営む山口健二を中心にアーティストたちが“アートの息づくまちづくり”をテーマに、小田原市の補助を受け立ち上げた新たな空間だ。
モックは、木彫に打ち込む若手作家たちの創作の場である。そしてまた、市民が身近に木の芸術と親しみ、触れ合える開かれたアトリエであり、小田原の木の文化を内外に発信する拠点である。そこに山口のこだわりがある。
アーティストたちは創作に励み、まち行く人は何かおもしろい作品に出会えないかとふらりと立ち寄る…。木の香りに包まれるモックは両者が交流する場でもある。「木の芸術がまちに息づき、小田原のまちの伝統に芸術が融け合ったとき、世界に誇れる新たな魅力がまちに生まれる。」山口はそう考える。様々な可能性を秘めた新たな空間に注目が集まっている。
モックは、木彫に打ち込む若手作家たちの創作の場である。そしてまた、市民が身近に木の芸術と親しみ、触れ合える開かれたアトリエであり、小田原の木の文化を内外に発信する拠点である。そこに山口のこだわりがある。
アーティストたちは創作に励み、まち行く人は何かおもしろい作品に出会えないかとふらりと立ち寄る…。木の香りに包まれるモックは両者が交流する場でもある。「木の芸術がまちに息づき、小田原のまちの伝統に芸術が融け合ったとき、世界に誇れる新たな魅力がまちに生まれる。」山口はそう考える。様々な可能性を秘めた新たな空間に注目が集まっている。
03/03: 小田原北条彫・露木孝作
平成九年、小田原に新しい木のアートが誕生した。木工職人である露木孝作さんが発案し、木彫作家に試作を依頼して完成した「小田原北条彫り」。色味の違う木を重ね合わせ、上から彫刻をほどこすという、寄木細工や木象嵌の伝統技術と芸術を融合させたオリジナルアートだ。
「彫る深さによって、出てくる色が変わり、様々な表情を見せるのが魅力」と露木さんは語る。単なる彫刻にはない”木を彫る楽しさ””木の色を組み合わせる楽しさ”を味わえるこのアートはプロだけでなく一般の人々にも受け入れられ、着実にファンを増やしているという。「小田原から出発する、小田原らしいアートを作りたい」。露木さんの情熱で生まれた小田原北条彫り。「いずれは世界に」。夢は広がっていく。
「彫る深さによって、出てくる色が変わり、様々な表情を見せるのが魅力」と露木さんは語る。単なる彫刻にはない”木を彫る楽しさ””木の色を組み合わせる楽しさ”を味わえるこのアートはプロだけでなく一般の人々にも受け入れられ、着実にファンを増やしているという。「小田原から出発する、小田原らしいアートを作りたい」。露木さんの情熱で生まれた小田原北条彫り。「いずれは世界に」。夢は広がっていく。
小田原北条彫りは、小田原市城山の『クラフトえいと』社長、露木孝作氏が考案した伝統工芸である寄木細工の手法を使った、新しいアートです。
様々な種類の木を厚さ1mm~2mmの板状にし、何層にも重ねて一枚の板を作り、それに彫刻を施し、凹凸のあるレリーフを作るものです。例えば、浅く彫れば2枚目の色が出、深く彫れば4枚目の色が出る、というもので、重ねてある板の色具合によって構図を考え、彫り込んでいくもので、木の色と彫り方によって様々なバリエーションが楽しめます。
素材の木としては、ウォールナット、ホウ、ニガキ、パドック、ミズキ等、色のきれいな木を何枚か使います。
様々な種類の木を厚さ1mm~2mmの板状にし、何層にも重ねて一枚の板を作り、それに彫刻を施し、凹凸のあるレリーフを作るものです。例えば、浅く彫れば2枚目の色が出、深く彫れば4枚目の色が出る、というもので、重ねてある板の色具合によって構図を考え、彫り込んでいくもので、木の色と彫り方によって様々なバリエーションが楽しめます。
素材の木としては、ウォールナット、ホウ、ニガキ、パドック、ミズキ等、色のきれいな木を何枚か使います。
03/03: 寄木細工・露木清勝
箱根山系から産出される豊富な樹種。その自然な色合いや木理をいかして生みだされる寄木細工は精巧なパターンとカラーコーディネートの妙が最大の魅力だ。
露木清勝さんはその伝統を受け継ぎながらも、生活に根ざす作品づくりをめざす。「自分たちの作った物がどのような場所で売られ、どのような人たちが買ってくれるのかまで考えることが大切」露木さんは後輩の職人たちにもそう教えるという。小田原だけでなく日本クラフトデザイン協会員としても全国的に活躍する露木さんの目標は「お土産品とは違った視点でクラフト作品を開発していくこと」。種木を無垢のままろくろで挽いて形作るオブジェ風の花器など、その腕前と斬新な作風は注目を集めている。
露木清勝さんはその伝統を受け継ぎながらも、生活に根ざす作品づくりをめざす。「自分たちの作った物がどのような場所で売られ、どのような人たちが買ってくれるのかまで考えることが大切」露木さんは後輩の職人たちにもそう教えるという。小田原だけでなく日本クラフトデザイン協会員としても全国的に活躍する露木さんの目標は「お土産品とは違った視点でクラフト作品を開発していくこと」。種木を無垢のままろくろで挽いて形作るオブジェ風の花器など、その腕前と斬新な作風は注目を集めている。
寄木細工とは・・・・
箱根山系は、日本でも屈指の木材の樹種の多い地域です。この豊富な樹種を用い自然の色合いや、木理を生かして幾何学紋用様を表現したのが寄木細工です。江戸時代末期に箱根山中の畑宿で創始され、当初は乱寄木や、単位紋様による寄木細工が主流でしたが、明治初年に静岡方面の寄木技法がもたらされ、これが今日の連続紋様構成の小寄木として確立されたものです。その後多くの継承者によって改善、あるいは紋様が展開され、今日に至っています。国内では唯一の産地であり、また精緻な手工芸的技法は、いわゆる箱根細工の代名詞的な存在として、知名度の高い、代表的な伝統工芸技術です。
製品には箱類、引き出し、盆、皿類、茶托、小だんす、花器等の表面加飾に、また、装身具、アクセサリー等、多数あります。
一定の形状に切削した多くの木片を寄せ、単位紋様を構成するため、治具による切削寸法の正確度、接着技術に高度な熟練が要求され、このため出来上がった寄木は一つひとつが木材の精華です。
この寄木細工は、昭和59年に通産大臣指定の「伝統的工芸品」に指定されました。
箱根山系は、日本でも屈指の木材の樹種の多い地域です。この豊富な樹種を用い自然の色合いや、木理を生かして幾何学紋用様を表現したのが寄木細工です。江戸時代末期に箱根山中の畑宿で創始され、当初は乱寄木や、単位紋様による寄木細工が主流でしたが、明治初年に静岡方面の寄木技法がもたらされ、これが今日の連続紋様構成の小寄木として確立されたものです。その後多くの継承者によって改善、あるいは紋様が展開され、今日に至っています。国内では唯一の産地であり、また精緻な手工芸的技法は、いわゆる箱根細工の代名詞的な存在として、知名度の高い、代表的な伝統工芸技術です。
製品には箱類、引き出し、盆、皿類、茶托、小だんす、花器等の表面加飾に、また、装身具、アクセサリー等、多数あります。
一定の形状に切削した多くの木片を寄せ、単位紋様を構成するため、治具による切削寸法の正確度、接着技術に高度な熟練が要求され、このため出来上がった寄木は一つひとつが木材の精華です。
この寄木細工は、昭和59年に通産大臣指定の「伝統的工芸品」に指定されました。
03/03: 小田原漆器・石川満
国が指定する伝統的工芸品のひとつ「小田原漆器」は、木地の自然な木目をいかした塗りが特徴。美しさと毎日の使用に耐える丈夫さを備え持ち、使うほどに手になじみ愛着がわいてくるのが魅力だ。
石川満さんは老舗「石川漆器」の四代目。塗師と木地師に分業されるのが普通の漆器の世界で、「自分ですべてやってみたい」と木地から塗りまで一貫して手掛ける数少ない職人の一人だ。そんな石川さんの、ここ数年のテーマは「暮らしの中の器」。手触りや持ち具合にも気を配って作り、鑑賞用ではなく、実際に使って心地よいものを目指す。伝統の枠にとらわれない大胆な木地仕上げと、独自の意匠を施した塗り。作品を発表する個展も積極的に開き、”漆芸家”としても活躍している。
石川満さんは老舗「石川漆器」の四代目。塗師と木地師に分業されるのが普通の漆器の世界で、「自分ですべてやってみたい」と木地から塗りまで一貫して手掛ける数少ない職人の一人だ。そんな石川さんの、ここ数年のテーマは「暮らしの中の器」。手触りや持ち具合にも気を配って作り、鑑賞用ではなく、実際に使って心地よいものを目指す。伝統の枠にとらわれない大胆な木地仕上げと、独自の意匠を施した塗り。作品を発表する個展も積極的に開き、”漆芸家”としても活躍している。
小田原漆器とは・・・・
小田原漆器の起源は室町時代の中期に、箱根山中で入手できる木材を利用して“ろくろ”による木地挽きが行われた、いわば当地方木工技術の源流をなす挽物細工に、漆を塗ったのがはじまりといわれています。江戸時代に入ると椀、盆、皿などの生産が盛んになり、相模漆の産出とともに、他の産地から漆師を招いて、漆塗技法の向上が図られました。これにより小田原漆器の特徴である、木地の木目を生かしたすり漆の技法や、木地呂塗が発達し、今日に至っています。最近では現代の生活に合う数々の食卓用品などの生産が活発で、産地を代表する製品の一つをなしています。
特徴として、ろくろ加工により入念に磨き上げられた素地に、生漆をよくすり込んで、自然の木目の良さをそのまま生かしたすり漆塗や、木地呂塗が主体です。素朴ながら堅ろうで、使い易さに特徴があります。また盆などのふち囲りに彩漆塗をほどこし、加飾的な効果と、木材の素材感と彩色の取り合わせによる重厚さにも特徴があります。何よりも小田原漆器の良さは卓越したろくろ技術による木地加工を主体に、木目を最大限に生かすことが重要で、このための材料の用い方に工夫がこらされています。
なお小田原漆器は、昭和59年に通産大臣指定の「伝統的工芸品」に指定されました。
小田原漆器の起源は室町時代の中期に、箱根山中で入手できる木材を利用して“ろくろ”による木地挽きが行われた、いわば当地方木工技術の源流をなす挽物細工に、漆を塗ったのがはじまりといわれています。江戸時代に入ると椀、盆、皿などの生産が盛んになり、相模漆の産出とともに、他の産地から漆師を招いて、漆塗技法の向上が図られました。これにより小田原漆器の特徴である、木地の木目を生かしたすり漆の技法や、木地呂塗が発達し、今日に至っています。最近では現代の生活に合う数々の食卓用品などの生産が活発で、産地を代表する製品の一つをなしています。
特徴として、ろくろ加工により入念に磨き上げられた素地に、生漆をよくすり込んで、自然の木目の良さをそのまま生かしたすり漆塗や、木地呂塗が主体です。素朴ながら堅ろうで、使い易さに特徴があります。また盆などのふち囲りに彩漆塗をほどこし、加飾的な効果と、木材の素材感と彩色の取り合わせによる重厚さにも特徴があります。何よりも小田原漆器の良さは卓越したろくろ技術による木地加工を主体に、木目を最大限に生かすことが重要で、このための材料の用い方に工夫がこらされています。
なお小田原漆器は、昭和59年に通産大臣指定の「伝統的工芸品」に指定されました。
03/03: 組木細工・山中成夫
「組木」の原形は江戸時代、寺子屋で教材としても使われた、遊具「知恵木」だと言われている。釘や接着剤をいっさい使わずに組み上げて行くこの立体パズルは、明治25年頃、小田原の山中常太郎さんが創始した。山中成夫さんは、その常太郎さんから数えて四代目。幼いころから父の仕事を見て育ち、技術がついてくると自分のものが作りたくなったという生まれついての職人気質だ。父が動物をテーマにした作品を作り続ける一方、山中さんがこだわってきたのは抽象作品。パズルであって、それがなおかつ美しい造形を描いているような作品を作りたい。難しい作品の構想をずっと考えていて、眠ってから夢でヒントを得て飛び起きたこともあったという。そんな組木の第一人者と言われる山中さんの技は息子の忠明さんにしっかりと受け継がれている。
組木細工は、四角い木片を止め金具を使わずに組立てたり、解体することの出来る玩具で、いわば立体パズルです。江戸時代の中頃『知恵木』や『知恵坂』と呼ばれる遊具が使われていたことが文献にもあり、これが組木細工の原点ともいわれています。
また古来日本の社寺建築は、釘を一切使わない木組みの構造が特徴で、これをヒントにしたともいわれています。小田原地方の特徴のある伝統技術で、明治20年頃指物技術をマスターした小田原の人、山中常太郎によって創始され、多くの研さんを積みながらこの技法が完成しました。その後すぐれた後継者の手によって現在のような高度のデザインと、巧みな技術を駆使した多くの組木細工が作られており、工芸技術の分野としても評価されています。
組木細工は、部分的にカットされた木片など互いに組合わされて形が構成される物で、色々な形があります。江戸、明治の頃は意外にも抽象的な形態が多く、明治、大正の頃は身近にあった三輪車、金魚、折り鶴などがあり、大正、昭和になると五重塔、ピサの斜塔、さらに水泳競技の飛び込み、ボクシング、槍投げ、三段跳びの組木まで造られるようになりました。作者によっては、万国の民に愛されるのは動物との信念からあらゆる動物を考案しました。
今日ヨーロッパに負けない作品作りをモットーにデザイン、パズルの原点に帰り抽象的な作品作りに励んでいます。解体するには鍵となる一カ所の押し、引き、回しながら順次解体していきます。組木は加飾技法を一切使わず鉋一丁で仕上げ、パズル並びに造形を生み出さなくてはならず、技術的にも高度であり、最も少ない業種です。
また古来日本の社寺建築は、釘を一切使わない木組みの構造が特徴で、これをヒントにしたともいわれています。小田原地方の特徴のある伝統技術で、明治20年頃指物技術をマスターした小田原の人、山中常太郎によって創始され、多くの研さんを積みながらこの技法が完成しました。その後すぐれた後継者の手によって現在のような高度のデザインと、巧みな技術を駆使した多くの組木細工が作られており、工芸技術の分野としても評価されています。
組木細工は、部分的にカットされた木片など互いに組合わされて形が構成される物で、色々な形があります。江戸、明治の頃は意外にも抽象的な形態が多く、明治、大正の頃は身近にあった三輪車、金魚、折り鶴などがあり、大正、昭和になると五重塔、ピサの斜塔、さらに水泳競技の飛び込み、ボクシング、槍投げ、三段跳びの組木まで造られるようになりました。作者によっては、万国の民に愛されるのは動物との信念からあらゆる動物を考案しました。
今日ヨーロッパに負けない作品作りをモットーにデザイン、パズルの原点に帰り抽象的な作品作りに励んでいます。解体するには鍵となる一カ所の押し、引き、回しながら順次解体していきます。組木は加飾技法を一切使わず鉋一丁で仕上げ、パズル並びに造形を生み出さなくてはならず、技術的にも高度であり、最も少ない業種です。
03/03: 木象嵌・内田定次
切り抜いた色々な種類の木をはめ合わせ一枚の絵をつくる「木象嵌」。口で言うのは簡単だが、下絵を描き、どこにどの木を使うかを考え、実際に組み合わせるまで、一連の作業には三カ月はかかるという。内田定次さんはこの道六十年の名工。一見すると筆で描いたかのように見える、作品の精緻さはため息が出るほどだ。どんなに器用な手先かと思うが、意外にも「俺は不器用」という。「でも不器用でこれしかできなかったから、ずっとこれ一本で続けてこられたんだと思うよ」。
作品はどれも一つひとつ思い入れは深いが、気に入っているものは一つとしてない。どれもここをこうすれば良かった、という点が必ずあるのだという。決して自分の技に満足しない。そんな横顔に職人のプライドが光る。
作品はどれも一つひとつ思い入れは深いが、気に入っているものは一つとしてない。どれもここをこうすれば良かった、という点が必ずあるのだという。決して自分の技に満足しない。そんな横顔に職人のプライドが光る。
色々な樹種の木材を嵌め合わせて模様を表現する細工を木象嵌、または木画といいます。指物製品の加飾手法の一つとして、江戸時代から手彫りによる彫り込み象嵌技法が伝わってきましたが、明治25年頃箱根湯本の先覚者、白川洗石によって糸鋸ミシンを用いた、挽抜き象嵌法が開発されました。これにより産業工芸的な生産が可能となり、また明治40年頃には特殊かんなを用い、種木を経木状に加工する量産化方法が確立されました。更に使用する木材の自然色だけでは得られない赤、緑、青などの色を染料を用いて染木する技術や、木のボカシの技法など、多くの技術者によって改善継承され、今日至っています。我が国では、小田原地方のみに存在する技法です。
工法は、まずデザインに合わせて種々の木材、あるいは染色した木材を用意し。二枚重ねした板に下絵通りに木材用ミシン鋸で挽き抜き挽き抜いた上の部材を挽き抜かれた下の板にそのまま嵌め込む、この工程の繰り返しにより種板が完成され、更にこれを特殊かんなで削って経木状にし、箱などの表面に貼付して表面加飾として用います。
デザインは山水などの風景画、花鳥、動物、浮世絵などが多く、製品では小箱、秘密箱、皿などのほか、飾額も多く作られています。
木象嵌は自然の木のみを用いて極めて精巧に絵画風に表現するという、他に類のない特徴をもっています。このため材料となる木材の吟味、選択から、糸鋸機の鋸歯作り、板を挽き、寸分のすき間なく嵌め込む技法は、高度な熟練と敬虔を要します。
工法は、まずデザインに合わせて種々の木材、あるいは染色した木材を用意し。二枚重ねした板に下絵通りに木材用ミシン鋸で挽き抜き挽き抜いた上の部材を挽き抜かれた下の板にそのまま嵌め込む、この工程の繰り返しにより種板が完成され、更にこれを特殊かんなで削って経木状にし、箱などの表面に貼付して表面加飾として用います。
デザインは山水などの風景画、花鳥、動物、浮世絵などが多く、製品では小箱、秘密箱、皿などのほか、飾額も多く作られています。
木象嵌は自然の木のみを用いて極めて精巧に絵画風に表現するという、他に類のない特徴をもっています。このため材料となる木材の吟味、選択から、糸鋸機の鋸歯作り、板を挽き、寸分のすき間なく嵌め込む技法は、高度な熟練と敬虔を要します。
03/03: 指物師・浜野高四
釘を使わず木材を組み合わせて箱や家具を作る「指物」。浜野高四さんは美術作品の額や軸入れ、表具箱など見事な仕事を残す名指物師だ。楠材を手掛ける指物師の父に技術を仕込まれ、その後、桐と出会う。「一点の美術作品を納めるだけの唯ひとつの箱を作る」その仕事の面白さに浜野さんは魅せられた。傷つきやすい桐を扱うために独学で勉強し、茶や花を習って風雅を学んだ。
「今の若いもんは、仕事に脚を使えない」と浜野さんは左足で板を抑えながら全身を使って鉋をかける「職人あぐら」の姿勢をとってみせる。休むことなく動かされる鉋から自在に形づくられる、直線や美しい曲線。見事な作品の数々は確かな伝統を受け継いだものだけが生み出せる、職人技の賜物だ。
「今の若いもんは、仕事に脚を使えない」と浜野さんは左足で板を抑えながら全身を使って鉋をかける「職人あぐら」の姿勢をとってみせる。休むことなく動かされる鉋から自在に形づくられる、直線や美しい曲線。見事な作品の数々は確かな伝統を受け継いだものだけが生み出せる、職人技の賜物だ。
小指物技法の中にパズル的な機構を組み込んだ小箱類のことを秘密箱、またはトリック箱といいます。江戸時代の船だんすに応用されている『からくり』の原理を小箱類に応用したのが始まりで、明治中期に箱根湯本でこの技法が完成し、その後多くの改良が加えられ、製法、技法、デザインも高度となり、今日に至っています。
一見上下の区別のつかない小箱の側面や、甲板、あるいは底板を上下、左右に少しづつ押したり、引いたりのスライド操作を繰り返して、最後にふたをあけることのできる箱で、少ないのは2回、多いのは数十回でやっとあけられるものもあります。これも箱根細工の代名詞的な存在で、他では見られない極めて独創とアイデアに富んだものです。
製品としては、箱類、指物類、引き出し、貯金箱などが多く、特に貯金箱ではトリックによる錠の役割としてうってつけです。外観が何の変哲もない箱のある部分を操作しないと、ふたが開けられないという、いかにも秘密めいたトリックが特徴的で、非常に興味をそそるものです。最近では、球型の秘密箱も見られ、トリックの難易度も高度になってきています。
一見上下の区別のつかない小箱の側面や、甲板、あるいは底板を上下、左右に少しづつ押したり、引いたりのスライド操作を繰り返して、最後にふたをあけることのできる箱で、少ないのは2回、多いのは数十回でやっとあけられるものもあります。これも箱根細工の代名詞的な存在で、他では見られない極めて独創とアイデアに富んだものです。
製品としては、箱類、指物類、引き出し、貯金箱などが多く、特に貯金箱ではトリックによる錠の役割としてうってつけです。外観が何の変哲もない箱のある部分を操作しないと、ふたが開けられないという、いかにも秘密めいたトリックが特徴的で、非常に興味をそそるものです。最近では、球型の秘密箱も見られ、トリックの難易度も高度になってきています。



